どん底からのサクセス日記

このブログは2010年11月22日に更新停止致しました。

野球

イチロー、メジャー通算2000安打達成!

米大リーグ、マリナーズのイチローは6日(日本時間7日)、敵地でのアスレチックス4連戦の最終戦に「1番・ライト」で先発出場し、第1打席でライトへ二塁打を放ち、メジャー通算2000安打を達成した。

メジャー通算2000安打にあと1本と王手をかけて臨んだイチローは初回の第1打席、1ボールから2球目の低めストレートを引っ張ると痛烈な打球はライトへ。二塁に達したイチローはヘルメットを取り声援に応えた。出場1402試合目での2000安打は近代野球とされる1900年以降では、アル・シモンズ(1390試合)に次ぐ2位のスピード記録。その後の打席はショートフライ、サードゴロ、空振り三振に倒れ、この日は4打数1安打。今季の安打数は195本となり、前人未到の9年連続200安打まで5本に迫った。打率は3割6分2厘となり、首位打者のマウアー(ツインズ)を4厘差で追う。


オリックス在籍年数と同じ9年間で、イチローがメジャー通算2000安打を達成した。日本では過去37人が達成した「偉業」。投手の200勝とともに、大きくたたえられる数字だ。しかし、年間試合数が多い大リーグでは、過去250人余のレギュラー野手の通過点として位置づけられ、過去27人が記録した3000安打が「超一流の証明」となる。とはいえ、27歳で米デビューし、9年、1402試合で到達。年間162試合を採用した1961年以降で最速とされたボッグス(元レッドソックスなど)の1515試合を塗り替えた。20世紀初頭のシモンズ(1390試合)に次ぐ数字も、実質は「史上最速」と言っていい。

今季は松井稼がイチロー、松井秀に次ぐ日米通算2000安打を果たしたが、米国だけでこの数字を積み上げたのは初めて。2001年からの成績でメジャーを代表する好打者とイチローの安打数を比較すると、ほぼ同年代のジーター(ヤンキース)や、デビューが同期のプホルス(カージナルス)を上回る。打席数の多い1番打者の有利さがあるとはいえ、今世紀を代表する大リーガーと胸を張っていい。

史上初の9年連続200安打にはあと5本。このペースを続ければ、計算上では5年後の40歳で3000安打となる。バットを操る技術に関してはまだまだ衰えは感じさせず、可能性は十分にある。日米4000安打へは722本。不滅のメジャー記録、ローズの4256安打も頭の中にあっていい数字だ。 
 
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上原、ゴジラ斬り!5回1失点でメジャー初勝利

米大リーグ、オリオールズの上原浩治投手(34)は8日(日本時間9日)、ボルティモアでのヤンキース戦に先発登板し、念願のメジャーデビューを果たした。5回を86球5安打1失点でメジャー初勝利を挙げた。試合は7−5でオリオールズ勝った。

上原はメジャー初勝利に「不安な立ち上がりだったけど、何とか取ったかなという感じ。あまり何も考えずにストライク取ることだけ考えてました」とホッとした表情。松井秀との対戦については「尊敬する人ですから真剣勝負は初めてだったんでいい思い出になりました」と感激した様子だった。

 改めてメジャーで初勝利を挙げたことについて「野球やってきて良かったなと思ってます」と笑顔を見せていた。

 試合は初回にオリオールズがヤンキース先発王建民から2点を先制。上原が四回二死からランサムにフェンス直撃の二塁打を打たれ1点を失うも、その裏オリオールズ打線が爆発し、一挙5点を挙げ王をノックアウトした。上原は毎回ランナーを背負うピッチングも要所を締め、メジャー初登板初先発で初勝利を挙げた。

 ヤンキースの松井秀喜外野手(34)は「4番・指名打者」で先発出場し、5打数無安打に終わった。打撃内容はニゴロ、遊直、左飛、左飛、三飛。

 上原と松井秀の対決は1回目、1回表二死一塁、カウントを2−2とした後、低めのフォークボールで平凡な二ゴロに抑えた。2回目の対決は3回表二死一塁 →二塁でカウント2−2からの6球目で遊直に打ち取った。3回目の対決は5回表二死一塁→二塁の場面で左飛に打ち取り、マウンドで小さくガッツポーズを見せた。3度の対決で上原は松井秀を完璧に抑え初対決は上原に軍配が上がった。

イチロー、決勝の適時打 WBC日本、韓国下しV2

野球の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は23日、ロサンゼルスで決勝を行い、日本は今大会5度目となる韓国との対決を延長の末、イチロー(マリナーズ)の決勝打で5−3で制し、2006年の第1回大会に続いて優勝した。

日本は3回、左腕奉重根から小笠原(巨人)の右前適時打で先制したが、岩隈が5回に秋信守(インディアンス)に中越えの同点本塁打を浴びた。7、8回に1点ずつ加えてリードしたものの、粘る韓国に9回に追い付かれた。しかし10回2死二、三塁でイチローが韓国の4番手、林昌勇(ヤクルト)から勝ち越しの2点適時打を放った。

最優秀選手(MVP)には2大会連続で松坂(レッドソックス)が選ばれた。


延長戦までもつれ込む熱戦にケリをつけたのは、やはりこの男。前回大会でも日本の中心として活躍したイチロー外野手(35)=マリナーズ=だった。延長十回、決勝点を挙げる2点適時打を放った。

 今大会、イチローは不振に苦しんだ。2次ラウンドまで33打数7安打、打率2割1分2厘。体脂肪率6〜7%を維持してきた徹底した自己管理、「心の力は入れっぱなし」というWBC日本代表への思いにもかかわらず、ボールをバットの芯から外すことが続いた。今年36歳になる肉体の衰えなのか、注目を一身に集める重圧からくるフォームの微妙な狂いなのか。準決勝進出をかけた18日のキューバ戦では2打席凡退の後、3打席目でバントも失敗した。

 さすがに「心がほぼ折れかけていた」というイチロー。しかしチームは五輪優勝3回のキューバに5−0で完勝した。イチローは3年前、2次ラウンドの米国戦で先頭打者本塁打を放ち、韓国戦でも闘争心をむき出しにしてチームを鼓舞したが、今回の日本代表は、そんな必要がないほど進化していた。22日に対米国戦WBC初勝利を挙げた夜も「意識が高い選手が集まっているわけだから」と特別な感慨がわいてこず、戸惑ったほどだった。

 「支えてくれているのはみんなだっていうことは、分かっていた。支えてくれてありがとう。チームメートがつないでくれるっていうのは、すてきですね」とチームメートに感謝していたイチロー。

 最後の最後に放った、日本の連覇を決めた決勝打は、そんなチームメートたちに対する恩返しだった。

原辰徳監督(50)のWBCでの勝利は大きな重圧との闘いだった。
巨人での現役時代から、王貞治、長嶋茂雄の後を受け継ぐスター選手として、常に重圧と闘ってきた。長嶋氏から巨人の監督を受け継いでからの監督人生でも、それは変わらなかった。5年の監督経験で3度のリーグ制覇。結果を出すことでそれを跳ねのけた。WBCでも前回の王監督の後を受け、それも連覇という重責を担った。それでも、「(代表監督は)野球人として素晴らしい経験」と受け止め、「当然プレッシャーは掛かる。しかし前回同様、目標は世界一」と言い切って臨んだ。背番号も巨人での「88」から監督就任当初の「83」に戻し、新たな任務に挑戦した。何より心掛けたのが、1カ月以上の長丁場で選手に最大限の力を発揮させることだった。その環境をつくるため、合宿では会話を重ねて選手との距離を縮めていった。イチローは「みんなで行くという中で、先頭に立たれている。世代は違うけど、そういうことを感じさせないで、一緒に行ける」といい意味での気安さを感じていた。一方で、前回の中心打者だった松中(ソフトバンク)を最終段階で外すなど、あくまで選手のコンディションを重視した選手起用には、一貫した信念と厳しさが感じられた。故障を抱えた選手を数多く入れて惨敗した北京五輪の代表とは明らかに一線を画していた。「プレッシャーに強い」と自ら言う性格は、一朝一夕に養われたものではない。連続世界一という偉業を見事に成し遂げ、最大の重圧に打ち勝ってみせた。 

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日本、米国を破る!韓国と決勝で対決/WBC

第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)準決勝(日本9−4米国、22日=日本時間23日、米・ロサンゼルス、ドジャースタジアム)1組1位の日本代表は9−4で2組2位の米国代表を破り決勝進出を決めた。日本は23日(同24日午前10時)に韓国と世界一を懸けて対戦する。

日本の先発、松坂大輔(レッドソックス)は一回に先頭打者本塁打、三回にも二死から得点を許したが、要所を抑え4回2/3を98球、4安打3三振2失点。

 米国の先発は昨年17勝を挙げたロイ・オズワルト(アストロズ)。日本は1点をリードされた四回に稲葉篤紀(日本ハム)、小笠原道大(巨人)の連打後に、福留孝介(カブス)の痛烈な打球が二塁手ロバーツのエラーを誘い同点に追いつくと、城島健司(マリナーズ)のこの試合2本目の犠飛で逆転。さらに岩村明憲(レイズ)、川崎宗則(ソフトバンク)、中島裕之(西武)の適時打で、この回一気に5点を挙げ、好投手オズワルトをノックアウトした。

 九回には二死三塁から川崎の打球を米国遊撃手ジーターが悪送球し、三塁ランナー片岡(西武)が生還、さらにイチロー(マリナーズ)、中島にこの試合2本目の適時打が生まれ3点を加えた。

 松坂をリリーフした杉内俊哉(ソフトバンク)、田中将大(楽天)、馬原孝浩(ソフトバンク)、ダルビッシュ有(日本ハム)が強打の米国の反撃をしのいで逃げ切った。

日本、韓国を振り切る!決勝賭け米国と対戦/WBC

第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)第2ラウンド1組1位決定戦(日本6−2韓国、19日=日本時間20日、米カリフォルニア州・サンディエゴ、ペトコ・パーク)日本代表は接戦の末に宿敵、韓国を6−2で下した。これで1組1位となり、準決勝で2組2位の米国代表と22日(日本時間23日午前9時)に対戦する。負けた韓国はベネズエラと対戦。

今大会4度目の日韓対決、日本の先発は初登板の内海哲也(巨人)。韓国は一回、先頭の鄭根宇の中前打と犠打で二塁とされると、金賢洙の左越え二塁打で先制。日本は二回、5番・内川聖一(横浜)の左翼席へのソロ本塁打で同点に追いつくと、村田修一(横浜)、岩村明憲(レイズ)の連続安打でチャンスを広げ、片岡易之(西武)の適時打で勝ち越した。

 内海をリリーフした小松聖(オリックス)は2回2/3を無安打5奪三振の好投を見せ、田中将大(楽天)につないだが、七回、韓国は6番・李机浩がバックスクリーンに飛び込む同点本塁打を放ち、試合は振り出しに戻った。

 八回、日本は先頭の青木宣親(ヤクルト)がプッシュバントで出塁すると、4番・城島健司(マリナーズ)に代わって代打で稲葉篤紀(日本ハム)が登場。稲葉は鋭い当たりを右前に運び、スタートを切っていた青木は三塁へ進塁。無死一、三塁のチャンスに代打・小笠原道大(巨人)が、代わったばかりの韓国・金廣鉉から右前に勝ち越し適時打。さらに、岩村のタイムリーなどで2点を追加し韓国を振り切った。

 因縁の相手を下した日本だが、四回にアクシデントがあった。先頭の村田は中前打を放ったが、一塁の手前で右太もも裏を痛めた。両肩を抱えられながら、ベンチに戻り医務室で治療を受けた。

日本、キューバ破り4強 岩隈、杉内が無失点リレー

野球の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表は18日、米カリフォルニア州サンディエゴのペトコ・パークでの2次ラウンド1組の敗者復活2回戦でキューバに5−0と快勝し、準決勝進出を決めた。ベネズエラ、米国、韓国に続き、最後の4強入りとなった。
 
日本は19日午後6時(日本時間20日午前10時)開始予定の1組1位決定戦で、今大会4度目の韓国戦。その結果でロサンゼルスで行われる準決勝の組み合わせが決まり、勝てば22日(同23日)に2次ラウンド2組2位の米国と、負ければ21日(同22日)に同組1位のベネズエラとの対戦になる。負ければ敗退という瀬戸際に立たされていた日本は、岩隈久志(楽天)、杉内俊哉(ソフトバンク)の両投手が無失点リレー。青木宣親外野手(ヤクルト)は4安打2打点と活躍し、イチロー外野手(マリナーズ)も三塁打を放つなど復調の兆しを見せた。


ピッチャーが勝利投手になる秘訣(ひけつ)。味方に先制点を取ってもらった直後に失点をしないこと――。負けたらWBC敗退が決定する2次ラウンド敗者復活戦のキューバ戦に先発した岩隈久志は、見事にこれを実践した。

日本が4回に相手のミスも絡んで2点を先制した直後。岩隈はわずか3球で2死を取ったが、5番・セスペデスにストレートの四球を与えると、デスパイネにセンター前ヒットを打たれて、2死一、三塁と嫌な流れに。
 続くアンデルソンが打席に入る前に、キャッチャーの城島健司はマウンドに駆け寄り、岩隈に声を掛けた。アンデルソンには2ストライク2ボールからの5球目、真ん中に入ったフォークをファウルされると、続く6球目の真ん中低めのフォークもファウル。この日の岩隈は内角シュートも効果的だし、外角のスライダーの制球も悪くない。城島が選ぶ勝負球は!?
しかし、城島の出すサインに岩隈は3回、首を振る。サインが合わないのか……。しびれを切らしたアンデルソンは一度バッターボックスを外す。さらに岩隈は2回、首を振る。アンデルソンの頭に「?」が駆け巡る。都合5回、首を振ったあとの6球目、真ん中低めに制球されたフォークに、バットは空を切った。ところがこの首振り、実はフェイク。最初から2人の間ではフォークで一致していたのだ。城島が同じボールを続けるときに、岩隈に首を振らせてバッターを惑わさせていた。「あの場面でフォークを投げたのは、僕がフォークに自信があるから」と岩隈。 バッテリーの頭脳的なプレーでアンデルソンをだましてみせた。

負けたら終わりという、侍ジャパンにとって今大会初めてと言っていいほどプレッシャーのかかる試合で先発した岩隈。終わってみれば、6回、69球を投げて5安打、無失点という完ぺきなピッチングだった。
「低めのコントロールには気をつけた。キューバは早打ちだったし、1球でゴロに仕留めることを考えた」
 
18個のアウトのうち、内野ゴロは15個に上り、外野へ飛んだ打球はヒット以外なし。原辰徳監督は「岩隈が6回という責任イニングを全うしてくれたことが良かった」と名前を出して賞賛すると、岩隈は緊張感から解放されたのか「自分の使命を果たせて満足」と端正なマスクをほころばせた。

日本6−0で快勝!キューバキラー松坂好投 WBC

第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)第2ラウンド1組1回戦(日本6−0キューバ、15日=日本時間16日、米・サンディエゴ、ペトコ・パーク)A組2位の日本代表はB組1位の強豪、キューバ代表と対戦し、6−0で快勝した。日本は17日(日本時間18日正午)、韓国とメキシコの勝者と対戦する。

日本は前回大会でMVPに輝いたエース、松坂大輔(レッドソックス)、キューバはMAX164キロ左腕のチャプマンが先発。2番・遊撃には発熱の中島(西武)に代わって片岡(西武)が先発した。

日本は前回大会の決勝でキューバと対戦、そのときも松坂が先発し、初の世界一の座についた。松坂はキューバ戦に過去2度先発して、2度とも日本を勝利に導いている。7日の韓国戦以来、実戦登板から離れているのが不安材料だったが、6回86球を投げ5安打無失点、無四球で8奪三振。投げられないフラストレーションを爆発させるかのような好投でキューバキラーぶりを見せた。

松坂をリリーフした岩隈(楽天)、馬原(ソフトバンク)、藤川(阪神)も好投し完封リレーで今大会ナンバーワンの投手陣の実力を示した。

打線は三回、城島(マリナーズ)、岩村(レイズ)、片岡の安打で一死満塁として先発のチャプマンをノックアウト。代わったN・ゴンザレスが青木(ヤクルト)のときに暴投で先制。さらに、青木の中前適時打、村田(横浜)の左犠飛でこの回、3点を挙げた。四回には城島の右二塁打、岩村の二塁内野安打で一死一、三塁からイチロー(マリナーズ)の内野ゴロで1点。五回にも内川(横浜)の中前適時打でキューバを突き放した。

槙原寛己 完全試合達成など



前回の江川卓 プロ野球全盛期のピッチングに続いてまたしても巨人の選手を取上げますw

今回は90年代三本柱と呼ばれた一人である槙原寛己投手です。

昭和53年の阪急・今井雄太郎投手以来の完全試合を達成した名投手でした。



もう一つは、その年の日本シリーズでの投球。完璧な投球で西武打線を封じ込めました。

江川卓 プロ野球全盛期のピッチング



甲子園の怪物江川の高校時代の映像は残念ながらほとんど残っていません。当時を知る多くの人が、江川は高校時代が最も速かったというだけに是非見てみたかったものです。プロ野球の江川の全盛期は、残した数字からおそらく1979年の1年目から1982年までではないかと思われます。この映像はその期間を撮りためたビデオから、一部のピッチングを編集したものです。先発完投が当たり前の時代に9回でも150Km近くのスピードを出すのはもちろん、その数字以上にボールの伸びが素晴らしいですね。高校時代の江川はいったいどれ程のボールを投げていたのでしょうね。

ストレートとカーブの2種類の球種ながら強打者たちを抑えていく小気味のいい投球をご覧下さい。

理解出来ないのは・・・。

ちょっと思うとことがありまして野球の話題を・・。

今季が3年契約の最終年だった巨人の原辰徳監督が、11年シーズンまで指揮を執ることが11日、決まった。東京・大手町の読売新聞東京本社を訪れ、渡辺恒雄球団会長(82)、滝鼻卓雄オーナーにシーズン終了報告の席上、3年契約の続投を要請され、受諾した。

との事。ちょっと要請が遅いような気もしますが、まあ3年という契約年数から考えると若手育成の手腕は評価してくれたのかなと。まあ、読売のことなんで契約年数はあってないようなものですがw

それは置いといて、この会談の数時間後にとんでもないバカ発言をしたものがおりました。

そうその名は・・

ナベツネ

このような事を・・。
↓↓↓
原監督のシーズン終了報告を受け、11日夜、都内で渡辺恒雄球団会長(82)が大放談。契約年数が3年の意味やWBCでの期待を語った一方、日本シリーズ第7戦での采配(さいはい)にはチクリと刺した。

自ら話を切り出し

「政局か? 野球? 野球はおれ、分からないんだよ」

−−原監督の3年契約は

「誰がそう言ったんだ? ほぉ−本人が…。おれは何も言っていないよ。例えば和田くんね。東海(大相模)から行った。あ−、大田くんか。あれを育てるのは、最低2年かかる」

−−大田をじっくり育てる

「東海大学の誰かが、原くんの高校生のころより大物になると言っていたよ。ものになるのは3年かかる。まあ、3年は必要だな。あれは相当な大物らしいからね。『ONに次ぐ大物になります』と、原くんが言っていたよ。これから、若手を育ててね。小笠原やラミレスというベテランも大事にしてね」

−−日本シリーズの采配(さいはい)については

「負けた原因も聞いたよ。本人はあっけらかんだね。(第7戦の八回を続投した)越智を何で代えないのかと聞いたら『今までの実績があったから使ったんだと』。何で一度(スタメンを)降ろした李(承ヨプ)をまた使うのかと聞いたら、『昔、威力がありましたからと』。まあ、これは理屈になっていないな。おれには理解できんよ。来年は名監督になるだろう。リーグ優勝してね。今年は開幕から日本シリーズ最終戦までやったんだから。最近の名監督なんだろう」

−−WBCの原監督は

「WBC。こっちのほうが大事だよ。必ずメダルを取れるとは限らんからな。原くんには、ちと重荷だと思うが、非常に明るいからね。(きょうは)明るかったよ。自信があるのかな。ガハハ」


まず一言。何言ってんだ!この老害は!

アンタの発言の方が理解できん!


日本シリーズの采配についての批判。越智の続投や李の起用について・・。まあ、確かにあの時点で越智は限界かなと個人的にも思いましたが、もしあの場面で抑えることが出来れば今後の彼の野球人生で大きな自信をもたらす事が出来ますからね。結果打たれましたが、それでも貴重な経験をしたのは間違いないので来期に生かしてくれるはず。李にしても最後まで不調で終わってしまったけどCSでの働きを考えれば起用さぜる得ないでしょう。一本出たらガラリと変わるのがホームランバッターですし可能性に賭けたと思いますね。それをこのバカツネは現場の苦労も知りもせず『おれには理解できんよ』と簡単に言ってしまうあたりに改めてこの人の人間性を感じさせてくれましたよ。

仮にも親会社のトップという立場なら、まずは労いの言葉を掛けるのが当然だと思いますけどね。WBCでの星野をゴリ押ししようとした件といい、この老害野郎には一刻も早く表舞台から消えて頂きたいと心から願います。

最後にPCからの閲覧して下さっている方のみアンケートを。締め切りは日曜日までとなっております。ご協力お願いします。




10連勝・首位キター━━━━(゜∀゜)━━━━!!

<巨人>10連勝で首位・阪神に並ぶ 阪神は先行も3連敗

○巨人9−5阪神●(21日)

巨人は16年ぶりの10連勝で、首位・阪神に並んだ。五回、「絶対に小細工はしないと心に決めていた」という谷の適時打、李(イスンヨプ)の3ランなどで一挙8点を奪って逆転。六回には阿部のソロ。上原は5勝目。阪神は、金本の2打席連続ソロで先行したが、投手陣が崩壊して3連敗。

▽巨人・原監督 三つとれたのが大きい。まだ振り返る必要はない。(優勝という)目的に向かって進んでいくだけ。 

▽阪神・岡田監督 残り試合精一杯やる、それだけや。相手チームも変わるし、甲子園でもどこでやろうと一緒よ。毎日言うてるやんか。

全国G党は、この日を待っていた。10連勝で今季初の首位だ! 巨人は21日、阪神22回戦(東京ドーム)に9−5で逆転勝ち。勝率.589で阪神と同率で並んだ。2点を追う五回、李承ヨプ内野手(32)の7号3ランなどで一挙8点のビッグイニングを作った。残り13試合。13ゲーム差をひっくり返してのセ・リーグ史上最大の逆転優勝へ、このまま突っ走る。


ただ勝利のために−。原監督の執念に東京ドームがどよめいた。苦手の岩田を攻略し、1点差に迫った五回一死一、二塁。逆転の好機で打順が上原に回ると、大道を代打に送った。上原は金本に2発を浴びたが、被安打はその2本だけで球数もまだ68球。それでも指揮官は勝負をかけ、成功させた。

 「あそこは勝負だった。二死だったら上原をそのまま行かせたが、ビッグイニングにできる材料があったから」

 首位攻防3連戦へ、すさまじい闘志を燃やした。19日の第1戦前のミーティング。首脳陣、選手全員が手をつないで魂をひとつにした。開幕戦のみで行われてきた大事な儀式。中日、阪神と三つどもえの優勝争いを演じた昨季終盤でさえやらなかったものだけに、ナインの心は奮い立った。

 投手起用にも総力を注いだ。グライシンガー、内海と左右の柱で連勝し、重要な第3戦は今季不調に苦しんできた上原に中5日で託した。ローテどおりなら高橋尚の番だが、過去2度日本一を経験している背番号19の投入に迷いはなかった。

 「しっかり投げてくれると思っていた。相手の4番バッターに2打席連続で本塁打を食らうようじゃ、本人も納得していないでしょうけど」

 やや厳しい言葉ながらも、勝利投手の上原をたたえた。信頼するエースをわずか5イニングで降板させてつかんだ白星。重圧と戦った上原も「個人のことよりチームの勝利でしょう」と笑顔でチームメートに感謝した。

 「3つ獲るぞという気持ちで来て、結果的に獲れた。まだ振り返るのは早い。われわれの目的はただひとつ。その目的に向かって進んでいく」

 原監督は優勝を信じて疑わない。実は3日連続で青色の長袖シャツを来て球場入りしていた。選手を信じ、ゲンもかついだ。残り13試合。あらゆる力を信じ、頂点だけを目指す。

 約2カ月半で、がけっぷちからはい上がった。首位阪神とのゲーム差は7月8日に最大「13」まで開いたが、今回の直接対決を前に3ゲーム差まで接近。そして、一気の3連勝。75日でついに追いついた。

1992年以来、16年ぶりの10連勝。もう“奇跡の逆転V”なんて言わせない。最大11.5ゲーム差を逆転して優勝、長嶋監督(現巨人軍終身名誉監督)が命名した『メークドラマ』を完結させたのは96年のこと。原巨人が今年、それを超える伝説を作り上げる事ができる事を期待したい。

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桑田が清原の打撃投手“KK対決”実現

オリックス清原和博内野手(40)と元パイレーツ桑田真澄氏(40=野球評論家)の「KKコンビ」が復活した。29日、昨年7月の左ひざ軟骨移植手術から再起した清原の1軍復帰を桑田氏が打撃投手で後押し。清原の依頼に桑田氏が快諾し、スカイマークスタジアムで“KK対決”が実現した。激励を受けた清原は「魂をもらった」と現役生活を完全燃焼する構え。8月3日のソフトバンク戦(京セラドーム大阪)にも1軍復帰するが、最高のパートナーに力をもらって戦う準備を整えた。

 清原は桑田氏が投げるボールを1球1球気持ちを込めてはじき返した。「これは行ったやろ」。右翼席への1発に、マウンドの桑田氏が舌を出す。空振りを取られると今度は清原が苦笑いした。94年10月27日、西武と巨人の日本シリーズ第5戦以来、実現したKK対決。打撃投手での対決はPL学園、巨人時代もなく初めてだった。貸し切りのスカイマークスタジアムは、2人だけの空間だった。18・44メートルの距離に、KKコンビの熱い友情が復活した。
 
清原 生涯最高の練習だったと思います。人生で、こんな素晴らしい投手と対決することはもうない。

桑田氏 高校1年生の時に彼と知り合ってなかったら、早くに野球を辞めていたと思う。先に引退したけど、今までの感謝の気持ちを込めて投げさせてもらった。

左ひざの故障から再起した清原は、31日に約2年ぶりに1軍合流する。「桑田のボールを打ってから上がりたい」思いに、桑田氏が応えた。桑田氏はパイレーツのユニホームで登場。引退の身ながら、前日まで連日ランニングや投球練習など、調整してきた。最高の形で復帰戦に贈る“応援球”を投げ込んだ。

桑田氏 おそらくプロとしてのボールは今年しか投げられない。アマチュアのボールは彼に対して投げたくなかった。彼に最後投げるまではトレーニングも力を抜けないと、モチベーションを上げました。つらい時は彼の顔を思い出しながら最後は絶対、彼に投げるんだという気持ちでした。

全38球のラスト7球はガチンコ勝負だった。「真剣に投げてくれ」。清原の願いに桑田氏がうなずいた。初球ボールの後、ファウル、空振りでカウント2−1。そこから清原は右翼線へ1本、ネット裏へ2本のファウルで粘った。そして7球目、桑田氏は94年日本シリーズ第5戦でバックスクリーンにたたき込まれた「真ん中高めの真っすぐ」で勝負を挑んで、清原は豪快な空振り三振に倒れた。次の瞬間、2人には笑顔で歩み寄って「ありがとう」と抱き合った。
 
清原 最後は真剣に振ったし、今持ってる力を出し切った。決着もついたし桑田に背中を押してもらって怖いものはない。
 
実は直前、桑田氏の左足首を鋭いライナーが直撃していた。だが桑田氏はコールドスプレーをかけて再びマウンドに立った。大きく腫れた左足。清原は泣きそうになっていた。
 
清原 あの時点ですぐ病院に行った方がいいというくらいの打球。でも当たっても痛い顔1つせずに…。桑田の魂をもらった。桑田の魂を胸に1球1球これから頑張っていきたい。
 
桑田氏 最後に痛いお土産ももらったけど、これも記念になる。2年間つらかったことのすべてをバットに込めて、彼らしいホームランを1本見たいですね。

15歳の春に出会って26年目。KKの「魂」が1つになって、清原が復帰舞台に挑む。

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野茂投手が現役引退決意 米進出の先駆者、力衰え

本人選手の米大リーグ進出の実質的な先駆けとなり、日本と大リーグで通算201勝(155敗)を挙げた野茂英雄投手(39)が現役引退の決意を固めたことが17日、分かった。ことし4月にロイヤルズを自由契約となった後も獲得に乗り出す球団はなく「まだまだやりたい気持ちが強いが、プロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せないと思う」と語った。

 野茂投手は今季、キャンプにマイナー契約の招待選手として参加し、開幕直後に3年ぶりのメジャー昇格を果たした。しかし、好結果を残せず4月20日に戦力外通告された。

 野茂投手は、ドラフト1位で1990年に近鉄入り。1年目に最優秀選手などを獲得。独特の投球フォームから「トルネード投法」と呼ばれた。

 95年にドジャースに入団、64、65年の村上雅則投手(当時ジャイアンツ)に次いで日本選手として2人目の大リーガーとなった。速球とフォークボールを武器にオールスター戦先発など1年目から大活躍し、ストライキの影響で関心が失われていた大リーグの人気回復に貢献。「ノモマニア」と呼ばれる熱狂的なファンも生まれ、新人王に選ばれた。また、ナショナル、アメリカン両リーグで無安打無得点試合を記録する史上4人目の快挙も達成。

 同投手の後を追って、イチロー(マリナーズ)松井秀喜(ヤンキース)両外野手ら日本選手が大リーグに挑むパイオニアの役割を果たした。


日米球界で“トルネード旋風”を巻き起こした野茂英雄投手が、ついにユニホームを脱ぐことになった。米大リーグで2度のノーヒット・ノーランを達成するなど、日米通算201勝(155敗・1セーブ)を挙げた日本人大リーガーのパイオニア的存在が、現役を引退する意思を示した。

 野茂は17日、関係者を通じて「まだまだやりたい気持ちが強いが、プロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せないと思う」と、引退の意思を伝えた。野茂は大阪府出身の39歳。1988年のソウル五輪に日本代表として出場し、銀メダル獲得の原動力となった。90年に新日鉄堺からドラフト1位で近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)に入団。1年目に18勝を挙げ、最多勝利を初め、最優秀防御率、最高勝率、最多奪三振など投手主要部門のタイトルを独占したほか、最優秀選手、沢村賞、ベストナイン、新人王と計8冠を獲得した。

 ゆったりと大きく振りかぶってから打者に背中を向ける独特の投法は、一般公募により「トルネード投法」と命名され、速球と落差の大きいフォークで三振を次々と奪っていくピッチングで“ドクターK”の異名も取った。

 近鉄在籍時の5年間には78勝46敗1セーブを挙げ、入団から4年連続で最多勝と奪三振王に輝いた。

 95年には近鉄を退団して渡米し、ドジャースに入団。64、65年の村上雅則投手(当時ジャイアンツ)に次ぎ、日本選手として2人目の大リーガーとなった。オールスター戦では日本人投手として初めて先発投手も務めた。大リーグ1年目には13勝をマーク。その年のナショナルリーグの奪三振王と新人王にも選ばれた。全米でも“NOMOフィーバー”を巻き起こした。また、2001年に在籍したレッドソックスでは、2度目のノーヒット・ノーランも記録。同年は220個の三振を奪い、奪三振王のタイトルを獲得した。しかし、06年に右ひじを故障して手術を受け、06と07年はメジャーでの登板機会はなかった。それでも現役を続けた野茂は、ことし春に米国8球団目となるロイヤルズのキャンプにマイナー契約の招待選手として参加。開幕直後に3年ぶりのメジャー昇格を果たした。4月16日(現地時間)のマリナーズ戦では、2番手として登板し、イチローを空振り三振に切って取った。だが、今季は中継ぎとして3試合に登板したのみで、4回1/3を投げて3本塁打を含む10安打9失点、防御率18.69と好結果を残せず。4月18日の登板を最後に、マイナーに降格されると、4月20日に戦力外通告され、自由契約選手となっていた。米国での成績は、123勝109敗。

その後、日本球界でも最終的に獲得に踏み切る球団はなく、ことし8月に40歳を迎える直前に、19年におよぶ現役生活についに幕を下ろすことになった。
 
ドクターKが日米で奪った三振の総数は「3122」。確かな足跡と偉大な記録を残し、パイオニアは静かにマウンドを去ることになった。

長い間お疲れ様でした。

※予約投稿です。

桑田投手が米から帰国…会見で心境語り「感謝している」

米大リーグへの復帰を果たせず、現役引退を表明した元巨人の桑田真澄投手(40)が4日、米国から帰国、成田空港で記者会見し「最後の最後まで精いっぱいプレーできた。感謝している」と、心境を語った。桑田投手は招待選手でパイレーツのキャンプに参加していたが、3月26日にパイレーツの開幕ベンチ入りメンバーから外れたことを受け、現役引退を表明した。

 記者会見でも表情は穏やかで時折、笑みも交えながら「僕は野球をするために生まれてきた。長くて内容の濃い、充実したプロ野球生活を送れた」と自らの野球人生を総括した。今後については指導者への情熱を見せたが「いろいろな道がある。よく考えて選択したい」と具体的なことには言及しなかった。

スーツ姿で記者会見に臨んだ桑田投手は、野球への熱い思いをにじませながら心境を語った。

−−引退表明後、ここ数日間の心境は。
「中学で本格的に投手を始めて、高校やプロ入りの時の大きな騒動など、今までを振り返る日々だった」

−−20年以上のプロ生活で一番の思い出は。
「長くて内容の濃い、充実したプロ野球生活を送れた。一つ挙げるのは難しい。すべてが自分のいい思い出」

−−今後は。
「僕には野球しかない。倍以上にして恩返しをしたい。野球だけできる選手ではなく、人間的にも素晴らしい自分の色を出せる選手を育てたい」

−−プロの指導者を目指すのか。
「やりたいことははっきりしているが、ここではお話しできない。自分なりに大きな目標を持っているからこそ、希望も勇気もわいてくる」

−−野球以外でしてみたいことは。
「大学へ行けなかったので、もう少し勉強したいという気持ちはある。学生にはなれなくても見学や体験をしてみたい」


★ジョーブ博士にも報告

桑田投手は帰国前、1995年に右ひじの手術を執刀してもらったジョーブ博士にも現役引退を報告したという。桑田投手は、ジョーブ博士が医師を辞めるまで引退しない約束をしていたエピソードを披露。以前に何度か引退をほのめかした際には同博士から「まだおれがやっているから、約束があるだろう」と言われたこともあったという。現在は同博士も自ら執刀はせずに指示を出す立場になっているそうで、「お互い、若い選手やドクターの指導者になっていくな、と話した」と感慨深そうだった。

桑田「ヤンキー・スタジアムでの登板が一番の思い出」

桑田「ヤンキー・スタジアムでの登板が一番の思い出」

米大リーグ、パイレーツの桑田真澄が26日(現地時間)、プロ23年目のシーズン目前に現役生活にピリオドを打った。ピッツバーグの地元紙も桑田の引退表明を大きく報じた。

 『ピッツバーグ・ポスト・ガゼッタ』は同日、「パイレーツのクワタがマッケニーのマウンドで引退」と題した特集記事を掲載。同紙は、桑田の一番の思い出に関して、桑田が「メジャーリーグにコールアップされて、ヤンキー・スタジアムで投げたことが今でも信じられない」と英語で話したことを紹介。さらに、ピッチングでの一番の思い出は? と問われ、昨年6月21日のシアトル戦でイチローの三振を含む4人の打者から三振を奪ったことを挙げた事実を伝えた。

 昨年6月10日、巨人時代からあこがれ続けたメジャーのマウンドに上がった桑田。しかも、メジャーデビューで用意されたマウンドは聖地ヤンキー・スタジアムという何とも“スーパースター”らしい巡り合わせだった。あれから1年経たないうちの引退表明。桑田の“メジャーロード”は短いものだったが、人々の記憶には深く刻まれているはずだ。


引退惜しむ声相次ぐ 「ご苦労さま」と王監督

プロ23年目のシーズン開幕を前にして突然、ユニホームを脱いだ。桑田真澄投手には多くの球界関係者から引退を惜しむ声が相次いだ。

 桑田が巨人に入団した時の監督だったソフトバンクの王貞治監督は「投手で20数年もやるのは大したもの。彼に感動を受けた人も多いのではないか。本当にご苦労さんと言いたい」とたたえた。長嶋茂雄元巨人監督は「長い間の選手生活、ご苦労さまでした。これからは野球界のために、若い選手たちを指導し、育ててください」とコメントした。

 PL学園高の同期、オリックスの清原和博内野手は「桑田の存在が僕を磨き上げてくれた。心の中のエースは桑田。“おまえ最高にかっこ良かったぞ”と言ってあげたい」とエールを送った。

 楽天の野村克也監督は「ベテランになってから新しい球種を覚えるなど、飽くなき探求心、向上心があった。これからは独自の野球哲学、思想を明確に表現してほしい」と第二の人生にも期待を寄せた。 

桑田投手、引退!プロ23年目の決断…自らユニホームを脱ぐ



パイレーツとマイナー契約し、メジャーキャンプに参加していた桑田真澄投手(39)が26日、TBSの「筑紫哲也NEWS23」の番組内で現役引退を表明した。40歳の誕生日を6日後に控えた決断。球団からメジャー昇格のチャンスがないと通告されたことを自ら明かした。巨人のエースとして173勝を挙げ、昨季は39歳にしてメジャー昇格の夢も実現させた右腕は、フロリダ州ブラデントンの地で22年間のプロ生活に終止符を打った。

衝撃の発表だった。昨年に続き招待選手としてパ軍のキャンプに参加しメジャーのマウンドを目指していた桑田が、TBSの番組内で突然の現役引退を明かした。ここまで結果も良かったし内容も凄く良かったし、足首も順調にきた。メジャーに残れないということで引退しようかな、と。GMから(メジャー昇格のチャンスも)ないと言われた。僕はメジャー一本しか考えていなかった。いろんな理由があるんでしょうけど、野球の神様からのお告げ。“そうした方がいいよ”と背中を押してくれていると思う。その道を進んでいきたい」今オープン戦は5試合に登板し防御率1・80。16日のレッドソックス戦では703日ぶりの白星も手にした。周囲を納得させる結果を残しながら18日のレッズ戦を最後に登板なし。登板予定だった25日のツインズ戦の試合開始前後に球団から通告を受けたもようで、試合中に宿舎に戻ったという。若手を育成するチーム方針と招待選手という“契約の壁”により、メジャーへの道が閉ざされたことで、ユニホームを脱ぐ決断を下した。

 巨人を戦力外になり、海を渡った07年。6月に20歳からの夢だったメジャーのマウンドに立ったが、オープン戦でじん帯を断裂した右足首の痛みとの戦いを強いられた。19試合で0勝1敗、防御率9・43で8月に戦力外。その時も引退を考えたが「やり残したことがある。やっぱり勝ち星をつけたい」と、9月に手術を決断。不完全燃焼に終わった昨年の忘れ物を取りにいく途中だった。1年生からエースに君臨したPL学園で甲子園に5度出場し、2度の日本一。名門・巨人でも長くエースを務めた。栄光に彩られた野球人生に見えるが、実は挫折の繰り返し。95年には右ひじじん帯を断裂し、手術後の翌96年は棒に振った。巨人の最後の4年間も故障に泣かされた。それでもその度に立ち上がり、大好きな野球に全力でぶつかっていった。引退はキャンプ地入りしていた真紀夫人と4月に桜美林に入学する長男・真樹さんにも報告。それでも26日には練習に参加した。同日のタイガース戦の登板予定リストにも名前が入っており“引退登板”になる可能性もある。「燃え尽きた。悔いはない。キザな言い方かもしれないけど、野球が好きというのは自分のプライド。残念な気持ちもあるけど燃え尽きることができた。これからは野球界の後輩を1人でも多く育てていけたらいい」松坂や岡島ら、多くの選手から慕われた背番号18。「心の野球」を掲げ実践してきた桑田が、プロ生活23年目、静かにユニホームを脱ぐ。

◆PL学園時代の監督、中村順司氏(現名商大監督)
「現役を辞めるとの連絡はありませんでしたが、彼には高校1年の時から3年間にわたり、いい思い出をたくさん作ってもらった。これからも野球界のために、力になってほしい」

★桑田夫人の真紀さん(39)
25日の昼に国際電話を受け、夫の決断を聞いた。「本当に決めたの?」という夫人の問いに「決めた」と桑田。その声には悔しさがにじんでいたという。1週間前には「(メジャー昇格は)大丈夫かもね。頑張る」と見通しを話していたが、ここへ来て急きょ登板予定が取り消されるなどの状況から思い悩んでいた桑田。支え続けた夫人は「この2カ月間は死ぬ気で頑張っていた。これでダメだといわれたことが背中を押したのでしょう。残念ですが、決めたことは曲げない人。ありがとうと言いたいです」と話した。

■桑田 真澄(くわた・ますみ)
 1968(昭和43)年4月1日、大阪府生まれ、39歳。PL学園高では1年からエースとして5季連続で甲子園に出場、戦後最多の通算20勝をマークし、夏2度優勝。86年ドラフト1位で巨人入団。87年から6年連続で2ケタ勝利。95年に右ひじを手術、97年に復帰し10勝を挙げた。06年11月に巨人を退団し、パイレーツ入団。昨年8月に戦力外となるが、今季もパ軍とマイナー契約を結び、メジャー昇格を目指していた。1メートル76、80キロ。右投げ右打ち。既婚。


当blogでも度々取り上げていた桑田投手…突然の引退発表となりました。

彼がPL学園で清原とのKKコンビと湧かせた時代から、見ていた私は何とも寂しい気持ちもあります。投手としては決して恵まれない体格でしたが、理想的なフォームと野球に対する真摯な姿勢は多くの後輩達に多大な影響を与えました。ドラフト時のイメージから世間的には厳しい見方をされました逆光をバネに、槙原・斎藤投手との80年代後半〜90年代の巨人の三本柱として活躍してくれました。投げるだけでなく、時には9番目の打者としても。95年の故障後は全盛期のようなボールのキレは見られませんでしたが、古武術を応用した投球術で4年ぶりの二桁勝利、15年ぶりの最優秀防御率のタイトルを獲得する大活躍をして2002年の原監督の第一政権時の初年度日本一に貢献しました。その後は精彩を欠いてしまい2006年に巨人を退団。若い時からの夢だったメジャーへ2007年から挑戦しましたが、残念ながら1勝も挙げられず今日の引退発表となりました。

あの右肘に重傷を負ってしまったダイブをしなければ200勝もしていたのでは?とも思いますが、あの飛び込む姿勢が桑田真澄の野球ですからね。たらればの話をしても仕方ないですね。彼の決断を尊重し、指導者としての第二の野球人生の活躍を願いたいです。

長い間ありがとう…そして本当にお疲れ様でした。

パウエルにパ連盟が「出場停止」3カ月

パ・リーグは4日、ジェレミー・パウエル投手(31)の「二重契約問題」で、同投手に事実上の期限付き出場停止の勧告を出した。この日午後、小池唯夫会長らが両球団首脳と都内ホテルで善後策を協議。午前中のパウエルへの事情聴取を重視し、交流戦明けの「6月23日以降」という条件付きでソフトバンクとの契約を優先することを認めたが、混乱を招いた点も重く見て3カ月は試合に出場できない見解を示した。強制力はないことから最終決着となる保証はなく、パ連盟の提案に両球団とも納得しなかった。

 パ連盟は、条件付きながらソフトバンクに軍配を上げた。東京・銀座の連盟事務所で午後6時から緊急会見を開き、小池会長が「結論」という表現で見解を明らかにした。6月22日までは2球団の支配下選手登録申請を受け付けず、同23日以降にソフトバンクに対して申請を受理する。ただしそれより前に両球団で話し合いがつけば、その時点でソフトバンクの申請を受理する。小池会長は「みんながいい答えはない。三方一両損というかね。苦渋の見解を示した。ある意味では政治解決」と語った。この日、連盟はあわただしく動いた。午前中、パウエルに対して連盟側が電話で事情聴取。ソフトバンク入りの固い意向と、オリックスでプレーする気はないとの意思を確認した。そして午後2時から小池会長と村田事務局長が都内ホテルにソフトバンク角田代表、オリックス機谷代表ら首脳を呼び「3者会談」を行った。3時間に及ぶ協議の末、期限付き入団という連盟の解決策を提示した。

 ソフトバンクとの契約を優先させる理由に、小池会長は「パウエル投手の事情聴取が決定の1つの大きな理由。総合的な判断です」と説明した。決め手は「オリックスではプレーしない」と強く主張しているパウエルの意思。「連盟が受理しても選手本人が納得しなければ意味がない。実現性のある選択をしました」とも話した。

 一方で交流戦後の「6月23日以降に限り認める」という実質的な「出場停止期間」を設け「混乱したことに対するペナルティー」とも述べた。根拠として野球協約第182条の「兼職の禁止」(資格職名のいかんを問わずこの組織に属する者は、2個以上の球団に役職員または監督、コーチ、選手として兼職することはできない)および第83条の「不適格選手」(球団は、連盟会長が野球の権威と利益を確保するため不適当と認めたものを支配下選手とすることはできない)を挙げ、その精神に基づいて結論に取り入れたとした。村田事務局長は「強制措置でもなく裁定でもない。強い勧告です」と今回の判断の意義を述べた。ただし両球団の反応には「それは連盟からは言えない」と言葉を濁した。仲裁に入った形で連盟は結論を出したが、それに強制力はなく、両球団も反発している。5日にはパウエル本人の会見も予定されている。着地点は、まだ見えない。

土曜日の馬券回顧と競馬ニュース

まずは、予想回顧から。

アレキサンドライトS
1着 ○ ブラックランナー
2着 △ スプリングヘッド
3着 ◎ パピヨンシチー
4着 ‥ タマモグレアー
5着 △ ゴッドセンド

6着 △ .瀬ぅ轡腑Ε献Д奪
10着 △ ゥ函璽札鵐乾薀ぅ▲
11着 ▲ ┘Ε襯侫棔璽

何とか3連単・3連複・馬単と的中できて良かったです☆

伏見S
1着 ‥ テイエムノブシオー
2着 ▲ サウスティーダ
3着 △ ┘┘▲縫奪ス
4着 △ ゥ璽奪肇侫薀奪轡
5着 △ シルクドラグーン

8着 ○ .潺襯トーレル
9着 △ マッハジュイクン
10着 ◎ サンクスアロット

う〜ん・・猿さえ勝たなければ・・orz
そもそも事前に考えてた展開とは全然違ったし・・・。

まあ一つだけでもブログ予想が的中しただけでも良しとしますかねw
続いて競馬ニュースを。

ファロン騎手、18か月の騎乗停止

 現地時間25日、フランスの競馬統括機関・フランスギャロは、イギリスのK.ファロン騎手(42)に対して18か月間の騎乗停止処分を下した。

 これは昨年8月19日に仏・ドーヴィル競馬場で行われたモルニ賞(仏G1)でMyboycharlieに騎乗し優勝したものの、レース後の薬物検査で同騎手からコカインとみられる禁止薬物の陽性反応が出たことによるもの。ファロン騎手は06年11月にも薬物検査による陽性反応でフランスギャロより6か月の騎乗停止処分を受けている。

 また、04年9月に八百長疑惑で逮捕されたほか、06年7月にも八百長行為の罪で起訴され、イギリス国内において騎乗停止となったが、昨年12月に無罪判決を受けてイギリスでの騎乗が可能となっていた。

松井秀は構想外!複数チームにトレード打診

ヤンキースが、松井秀喜外野手(33)を放出する方針であることが分かった。前日発覚したジャイアンツへのトレードは、ヤ軍からの申し入れだったことを両軍関係者が認めた。ヤ軍はゴジラとの交換で救援投手陣の補強を計画していることも判明。トレードが合意に達した場合、拒否権を保持するゴジラの決断が注目される。

 愛するピンストライプのユニホームに別れを告げる可能性が高まってきた。大リーグのウインターミーティング最終日。ヤ軍が、ゴジラのトレードを売り込んでいた衝撃の事実が発覚した。ジ軍の球団幹部によると、前日にサンケイスポーツが報じたトレードを画策したのはヤ軍の方だった。ジ軍の若手快速球右腕、ティム・リンスカム投手(23)とブルージェイズのアレックス・リオス外野手(26)のトレードが進行中という情報を得たヤ軍から「マツイに関心はないか」と打診されたという。当初は三角トレードと思われていたが、ヤ軍の狙いはジ軍のリンスカムだったことも判明。いずれにしても松井秀にとってこれまで他球団から「ほしい」と言われたことがあっても、ヤ軍からトレード要員にされたのは初めてのことだ。さらにショッキングなのは、たとえジ軍へのトレードが破談となってもヤ軍はゴジラ放出の方針を固めていることだ。ジ軍とのトレード交渉を認めたヤ軍関係者は「ジラールディ新監督の構想から外れている」と証言。サンケイスポーツの取材で、すでにジ軍以外にもインディアンスとホワイトソックスにトレードを打診していたことが分かった。

 ヤ軍は、ゴジラのトレードでブルペンの補強を目指している。交換相手の本命・リンスカムは今季24試合に先発しているが、獲得できた場合は先発に転向予定のジョバ・チェンバレン投手(22)に代わるセットアップで起用するプランまで、すでに練られているという。これほどヤ軍が救援投手の補強にこだわるのには裏事情がある。今季チーム最多の77試合に登板したルイス・ビスカイーノ投手(33)はFAでの残留が有力視されていたが、一転して移籍の方向。その穴を早急に埋める必要に迫られている。ジ軍との間では、すでに松井秀と救援2投手とのトレード第2案も検討されたもようだ。

 大リーグの本塁打記録保持者であるバリー・ボンズ外野手(43)の後釜として迎えられるジ軍移籍を決意するのか。それとも出場機会が激減するのを覚悟でヤ軍に残り、定位置の再奪取を目指すのか。トレード拒否権を保持するゴジラの決断が迫られる。


まあ、トーリ監督が退団して後ろ盾が無くなり、ある程度噂になっていましたからね。このままヤンキースに残留しても出場機会に恵まれない事も予想されますので心機一転するためにもトレードされた方が良いかと個人的には思います。
そこでゴジラの真の姿を見せ付けて欲しいですね。

星野ジャパン3連勝!北京五輪出場が決定

星野ジャパンが北京への切符を奪取! 野球の北京五輪予選を兼ねたアジア選手権決勝リーグ・台湾vs.日本が3日、台湾・台中インターコンチネンタル球場で行われ、星野仙一監督率いる野球日本代表が10対2で台湾を下した。日本は通算3勝0敗となり、1位通過で北京五輪出場権を手にした。

 勝てば無条件で、敗れても0−1か1−2のスコアであれば同率の韓国、台湾を上回り、日本の北京五輪出場が決まる大事な一戦。日本は苦しみながらも、全員野球で勝利をつかみ取った。初回に4番・新井が気迫溢れるタイムリーで先制に成功。しかし2回以降は6回まで台湾先発・陽建福を打ちあぐねた。1−0の僅差で迎えた6回、台湾の主砲・陳金鋒の逆転2ランで試合をひっくり返されたものの、7回には無死満塁のチャンスで大村が同点スクイズ。続く西岡がタイムリーを放ち、勝ち越しに成功した。結局、この回打者12人の猛攻で大量6点を奪い逆転。9回にも新井の2ランなどで3点を挙げ、試合を決定付けた。
 14安打10得点の打線では、青木、新井、阿部のクリーンアップがそれぞれ猛打賞の活躍。中でも新井は4打点を稼ぎ出した。勝ち越し打の西岡と稲葉は2安打をマークした。

 投げては先発した“日本のエース”ダルビッシュが、苦しみながらも踏ん張った。4つの四死球と本調子ではないものの、7回を投げ3安打6奪三振で2失点。まさかの逆転弾を浴びたものの、打線の援護にも助けられた。8回は予選初登板の藤川、9回は上原がきっちりと締めた。

 一方、一時は勝ち越しに成功した台湾だが、リリーフ陣が7回に大崩れ。好調の4番・陳金鋒の一発があったものの、打線全体ではわずか3安打と精彩を欠いた。地元開催の今大会での北京五輪出場権獲得はならなかった。


五輪出場権を獲得した星野ジャパンですが、目標はあくまで北京五輪での金メダル。星野監督も今年1月の代表監督就任時から「金しかいらない」と宣言。今後のチーム編成が重要になる。投手陣は期待通りの働きだった。シドニー、アテネ両五輪に出場した松坂(レッドソックス)の穴は大きいが、今大会では若手のダルビッシュ(日本ハム)、成瀬(ロッテ)、涌井(西武)が先発。経験と実績を積んだのは明るい材料。ですが、得点力には不安が残る。中日からフリーエージェント(FA)宣言している福留がメジャーへ移籍すれば、五輪への招集は難しい。今大会を故障で辞退した巨人の小笠原や高橋由の力は必要不可欠であり、いかに最強メンバーを集められるかが重要。アテネでは1球団2人までの人数制限があった。北京に向けて12球団は制限を設けないことで合意しているが、五輪期間中も公式戦は基本的に続行される。オフシーズンの今大会では中日、ロッテから各5人が代表に選ばれた。シーズン中でも各球団が今大会のような偏りを本当に了承できるかがチーム編成のかぎを握るでしょう。星野監督はアジア予選について「内容はどうあれ3試合勝てればいい」と話してきた。だが、五輪本番ではキューバ、米国など強豪が立ちはだかる。金メダルへの道は険しい。

※また多忙になりそうなので、この記事のコメント欄を削除しております。
この記事以降、金曜まで予約投稿になりますのでレスが遅れた際は申し訳ありません。
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